「なんであの人は○○なんだ」は無意味。その理由とは?

「なんであの人は○○なんだ」

「あの人いつまでたっても○○だよね」

誰かに対してこのように思ったことのある方は結構いるのではないでしょうか?

 

共感を求めて言ってみたり

「○○であるべき」「○○すべき」といった【べき思考】からくる思考だったり

人それぞれいろいろとこの思いが出てくる起点はあるかと思います。

 

しかし、それを思っても

相手を思って「○○したほうがいいよ」と助言しても

結構無駄な労力だったりします。

 

 助言しても相手が変わらないことのほうが多いですから

なお一層苛立ちが増してしまう・・・なんてことも。

 

 

 

他人は変わらない

他人を変える、他人を動かす

これってとても難しいのです。

他人が何か変わるときは、その人にとって変わらなければならない重大なことがあったときくらいだと思っています。

例えば、大切な人を亡くす、会社が倒産する、一文無しになるなど。

いくら「○○すべき」と助言しても変わらないのです。

 

じゃあどうするの?

 

自分が変わればいいのです。

 

他人を変えるには他人の心を動かさないと変えられませんが

自分を変えるのは、もう今気づいているのですから変えられます。

人の思考にはクセがあるようなので、そこに気づいていけばいいのです。

 

思考のクセ

例えば

事象:Aさんが仕事で何度も同じミスをして私にしわ寄せがくる

感情:怒り、悲しみ

思考:「どうして何度も同じミスを繰り返すのか。理解できない」

   「二度手間である」

   「ずっとこのように私が手を貸さないといけないのか」

 

こんな感じで、事象に対して、感情、思考が発生しますよね?

このままにしていると、Aさんにとっても私にとってもよろしくない。

そこで、これをふまえて、事象を別のみかたで見てみるのです。

 

Aさんはどこで躓いているのだろうか

周囲はAさんの仕事をみているかな?

Aさん、どこか体調が悪いのだろうか

一度一緒にはじめから作業してみよう

 

こんな感じで、自分の思考のクセとは別の考えを巡らせることができます。

これによって、少しずつ考え方に幅が出来て、ストレスを与える事象が起きても

一度踏みとどまってとらえなおしがスムーズにできるようになります。

 

他人でイライラするのを少なくしていきたい。